現代の早すぎた埋葬
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先週、驚くべきニュースがありました。2年前に交通事故に遭ってからずっと植物状態であったイタリア人男性が意識を取り戻したという話題です。テレビのニュースでも何度も取り上げられていたので、ご存じの方も多いでしょう。
この男性、「周囲の会話は全て聞こえていた。医者が『患者の意識はない』と話すのも聞いていた」と言うではありませんか。そして栄養チューブを外すかどうかという相談もしっかり耳に入っていたのです。
これほど恐ろしい話があるでしょうか。エドガー・アラン・ポーの『早すぎた埋葬』The Premature Burialでは「まだ生きているうちに埋葬されてしまう……これこそは疑いもなく、これまで人間に降りかかった極度の苦痛の内でも、最も恐ろしいものであるに違いない」と書いています。
まだ意識があるのに「もうこの人は亡くなっています」「これ以上延命措置をしても仕方ない」と耳元で言われる恐怖。「助けてくれ」と叫びたいのに唇を動かせない絶望……。
乙一の短編集『失はれる物語』には、事故で植物状態になった「私」が唯一動く右手で妻と交流する話が載っています。視覚も聴覚もない真っ暗闇の中で生きる男の心情を鮮やかに書いたせつない感動作なんですが、私はこのシチュエーションがあまりに怖くて、「せつなさ」よりも「恐ろしさ」ばかりが印象に残っているほどです。
楳図かずおもそんな恐怖を描いています。名作短編『うばわれた心臓』では、不慮の事故で脳死した少女が、心臓病で苦しむ親友の移植手術のために心臓を摘出されるというお話。実はその少女、しっかりと意識があるのにもかかわらず、ぴくりとも体が動かせないのです。生きながら心臓を取り出されるシーンがもう恐ろしいのなんの。
これらの物語は「早すぎた埋葬」の別バージョンと言えますね。今までは「こういうのはただのお話だ。実際にはないから大丈夫」と自分に言い聞かせていたのですが、意識を取り戻したイタリア人男性のニュースを聞いて震え上がりました。ひょっとして「早すぎた埋葬」というのは思った以上に起きているのかもしれません。
人の死をどこで線引きするかというのは、ますます難しい問題になりました。私は「リサイクルできるものは燃やさない方がいい」という方針から、いつも持ち歩いているドナーカードの臓器提供欄の全ての臓器に○をつけています。でも「書き直した方がいいかなあ……」と思いはじめています。

失はれる物語
乙一
■せつなく、暖かい感動を呼ぶ短編集。この人は若いのに本当に筆力のある作家だ。でも生まれついての早熟の天才というよりも努力型の天才なんだろうなあ。

恐怖 (1巻)
楳図 かずお
■『うばわれた心臓』収録。楳図かずおのマンガは人が最も触れられたくない部分を冷たい手でなでてくる。トラウマチックな短編集。
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「米国皇帝」【注 音が出ます】
アメリカ皇帝・ノートン1世。心が温かくなるエピソード。
2005年 10月 12日(水)
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